受肉? Compagnie “Belle mémoire”8th 『Diablo』

脚本・演出 山口健太

AIの反乱から人類を守ろうとしたクローン人間たちの物語。

いつものように観劇した人でなければ全く分からない感想を手短に書く。今作にはチャットルームでのアバターとして羊と山羊が出てくる。それは「マタイによる福音書第25章33節」を模したものだろう。羊を右に、山羊を左に・・・最後の審判の話しだ。とするとクローンをゴートと名付けたときには人類滅亡の計画は出来上がっていたと考えられる。集められたクローンには農業に詳しいものがいた。AIの反乱に適度に対抗するとともに新世界創造のための人選にも思えた。クローンを作った安形(横山貴之)はAIが受肉(アンドロイド?)した存在だったのかもしれない。彼はイエス・キリストになりたかったのだ、きっと。クローンたちの知識や経験を共有することで身に着けた話術で綿貫(池田僚)が自分を殺すように誘導する。イエスになるためには自死ではだめなのだ。安形が死ぬ前の姿は「イザヤ書第53章4節」を模したものに見えた。さぞクローンの労苦を背負い、苦しみを担った気分だっただろう。綿貫は最初から安形を殺すために、安形をイエスにするために育てられたように思える。タナ(中澤千智)が綿貫を見つけた時は歓喜したことだろう。もうすぐイエスになれると・・・。

復活してないぞ!と反論する人もいると思うが、復活まで描いてしまったらあまりにもストレートに宗教作品になってしまうので控えた、がボクの読みだ。アバターの意味に気が付いたときは震えが止まらなかった。山口健太、恐るべし・・・もちろんボクの解釈違いかもしれないのだが。

 

2025年10月5日(日)12:00

演劇専用小劇場BLOCHにて観劇

text by S・T

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